新涼の水の重たき紙コップ 山本紫黄
あー 新涼の水の重さだ。
できれば詠まれた水は、二杯目であったら嬉しい。
一杯を一気に飲み干して二杯目。
ちょっとくたっとなり気味な紙コップの、
そっと持った指に嬉しい重さだ。
指がむずむずするくらいの
リアルな重さだ。
注いだとたん思いがけず、「あ」と感じる新涼だ。
水の重さと共に改めて確認するように
カラダに染みる新涼だ。
紙コップに、詩があって
それを掬い取ることができるなんて、
なんだか嬉しいのです。
「生きてる」俳句だなぁ。
大体が駄句である自分の句が、
標本(虫ピンで止められた「生きていない」ものたち)のようだ
と言うことが一瞬でわかっちまう
「生きてる」俳句だなぁ。
と。
スミマセン。
いつも言っていますが、
ほとんど素人のたわごと要素でできているブログです。
諸々ご容赦。
posted by あじゃ at 21:55|
Comment(0)
|
TrackBack(0)
|
この句何の句気になる句
|

|